NHKによる「子どもの貧困」に関する報道について

去る8月18日、「NHKニュース7」において、「経済的な理由で進路の選択が困難な状態にある学生たちが、自らの言葉で貧困の現状を訴えるイベントが開かれた」とのニュースが約6分間報道され、その中で同イベントに参加した女子高校生が、自身の生活や思いを語る様子が紹介されましたが、この報道について、出演した高校生が貧困状態にあるということに真実性がないのではないかとの指摘がインターネット上で相次ぎました。本人のツイッターアカウントが特定され、趣味への出費などが垣間見えると、本人が貧困状態にあるということが嘘ではないかと疑問を呈し批判する言葉が飛び交い、さらには、本人が公開していない個人情報まで暴かれるという、プライバシー権の侵害事案にまで発展しています。

 

そこで、この件に関する当会の考察および見解を以下に記します。

1.報道の要旨:

冒頭、アナウンサーが次のような説明をしました。
「六人に一人。厚生労働省がまとめた所得がある一定の水準に満たない貧困状態にある子供の割合です。

中でも、母子家庭など、ひとり親世帯の半数以上は貧困状態で、大学や専門学校への進学率は、全世帯の割合に比べておよそ30ポイントも低くなっています。

こうした実情を多くの人に知ってもらおうと、進路の選択に悩む高校生などが、今日、自らの言葉で、貧困の現状を訴えました。」
VTRでは、高校三年生の女子生徒が紹介されました。この高校生は、絵が大好きで、将来はデザイン系の仕事につくのが夢です。しかし、経済的な壁に直面し、進学を諦めざるを得ない状況に追い込まれています。

「ちゃんとやりたいことあって夢持ってるのに、何で目指せないんだろう」

その理由は、家庭の収入がある一定水準に満たない貧困状態にあるからです。アルバイトで家計を支える母親と二人暮らし。自宅のアパートには冷房はありません。

(場面は教室から、高校生の自宅内へ)

高校生は、自分が貧困かもしれないと感じるきっかけになったものとして、小型のキーボードを見せます。

中学校のパソコンの授業についていけなくなったとき、キーボードの練習だけでもできるようにと母親が買ってくれたもので、千円ほどだったといいます。
(場面変わって「かながわ子どもの貧困対策会議子ども部会」打ち合わせ会場)

今月6日、高校生は、ある会議に参加しました。貧困状態にある子どもへの対策を検討するために、神奈川県が設置した会議です。委員として参加する高校生。会議では、多くの人に現状を知ってもらおうとイベントを開くことを決め、この高校生がスピーチすることになりました。「私で役に立てるなら、と思い(この会議に)参加させて頂いております。18日頑張りましょう。」
(場面変わってイベント会場)

そして今日。高校生がスピーチしました。
「あなたの当たり前は当たり前じゃない人がいるんだと。子どもの貧困の現実を変えるために、まず、このことを知って頂きたい。六人に一人の子どもが・・・」

「お金という現実を目の前にしても、諦めさせないでほしいです。その人の努力に見合ったものが与えられて手にできる。そういう世界であってほしいと思っています。」
拍手が湧きます。
イベントに参加した男子高校生は「初めて知ったので、驚きがあります。勉強とか大変そうな人がいたら少しは力になれるんじゃないかな」と語りました。

参加した女子高校生は「パソコンの授業があるんですけど、そういう時に、こんな辛い思いをしている人がいるかと思うと、ほんとに一番胸に突き刺さるというか、つらいという風に思いました。」と語りました。

スピーチを終えた高校生は「全力で私の気持ちだったり、思いを皆さんに届けられたのかなと思っています。将来的には子どもの貧困の対策として、こう、何かが形として実現できればな、という風に思っています」と語りました。

 

2.取材対象の真実性が疑われた問題について

この報道でまず問題なのは、ここで摘示された「貧困」の定義が、印象として曖昧であったことでしょう。

冒頭のアナウンサーによる説明には、事実と異なる点はありません。ここでいう「貧困」は、「収入源が全くない、1日の食事にも困る」といったような「絶対的貧困」ではなく、可処分所得が全国の中間値の半分に満たない世帯が該当する「相対的貧困」を指していると思われます。しかし、「収入がある水準を下回る」などと曖昧な表現となっているため、一般視聴者の普通の注意と視聴の仕方では、ここでいう「貧困」がどのような状況を指すのか、十分に伝わってはきません。

 

その上で、出演した高校生の部屋の様子などを見ると、一般視聴者が「貧困」と聞いて直感的に思い描く姿とは異なって見え、違和感を生じた視聴者が少なくなかったと思われます。「パソコンが買えずに授業についていけないので、母親がキーボードだけ買ってくれた」というエピソードは、学校には普通に通える子供であっても、現代人の成長過程では必須に近いパソコンの授業に、経済的理由でついていけない場合があるという事実を、「相対的貧困」を象徴する事象として紹介したものと思われますが、これにリアリティが感じられないと受け止めた人々がインターネット上で批判を展開しました。

しかしこの場合、出演した高校生本人に非があるわけではなく、問題はこうした予断あるいは誤解を招くような放送をNHKが不用意に行ったことにあると当会は考えます。

 

さて、そんな中、片山さつき衆議院議員がツイッター上でこの報道への疑問を表明し、この報道についてNHKに質問し回答を求めた旨を発表しました。

その後NHKによる「回答」として片山氏が示した文言は、それがNHKによる片山氏への説明を正しく伝えているとすれば、無責任な回答であると言わざるを得ません。

 

その「回答」とは、

『本件を貧困の典型例として取り上げたのではなく、経済的理由で進学を諦めなくてはいけないということを実名と顔を出して語ったことが伝えたかった。』

というものですが、この説明は無責任です。一般視聴者は、公共放送たるNHKが確かな事実を伝えるメディアであることを期待しているはずです。この度の報道内容を見れば明らかに「貧困」状態にある学生の一例として高校生が紹介されています。高校生が「相対的貧困」の状態にあるという確かな事実を伝えたと考えるなら、NHKは確信を持ってそう言うべきです。あるいは万が一、放送内容の真実性に不十分な点があったとすれば、NHKが責任をとるべきです。今回の取材対象が未成年の一般人であることからも、その責任がNHK側にあることは明らかです。また一般論として、発言内容の真実性の有無を全く顧慮せずに「その人がそのように発言したという現象そのものは事実である」という理由で、どのような主張内容でもそのまま公共放送に乗せて良いのだとしたら、一般視聴者は報道の何を信じて良いのかわからなくなってしまいます。

 

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3.「かながわ子どもの貧困会議」とNHKのコンプライアンス意識について

この報道の中で高校生が參加したイベントを主催したのは「かながわ子どもの貧困対策会議」という、神奈川県に置かれた「会議」です。この会議には本番組の記者である戸田有紀氏がメンバーとして參加していますが、当会の調べで、同会議が地方自治法に違反し、無効であると考えられることがわかりました。このことからNHKのコンプライアンス意識について疑義が生じるものと考えますので、以下に詳しく説明いたします。

 

まず、地方自治法第138条の4第3項で「普通地方公共団体は、法律又は条例の定めるところにより、執行機関の附属機関として自治紛争処理委員、審査会、審議会、調査会その他の調停、審査、諮問又は調査のための機関を置くことができる。ただし、政令で定める執行機関については、この限りでない。」と規定しています。

 

さて、「かながわ子どもの貧困対策会議」の設置根拠を見ますと、「かながわ子どもの貧困対策会議設置要綱」となっています。同「設置要綱」は神奈川県の内規に過ぎません。では、同会議を任意に設置した、との主張は有効でしょうか。

 

地方公共団体が任意に機関を設置するときは、「すべて条例によらなければならないが、たとえば、都道府県などにおいてよく設置される法令審査委員会のように、当該都道府県の知事の補助機関である職員その他執行機関の補助職員のみから構成されるようなものであれば、条例によらなくとも、執行機関限りで適宜設置することができるものと解」(行実昭和28.1.16)しますが、これは、単に執行機関の補助部局内における事務執行手続の一方法で、重要事項を協議するために設定される部課長会議に相当するものと解されています。

 

しかし、それに「執行機関の補助職員以外の外部のものも委員あるいは構成員として加わるときは、それはもはや『組織』として理解されるべきであり、その設置については、附属機関として自治法第138条の4第3項の規定によって条例で定めなければならない」(松本英昭著『新版逐条地方自治法』(学陽書房))と解されており、数多くの裁判例もあります。

 

このような場合、地方自治法上は、「相当程度以上組織化されながら法律又は条例に根拠をおいていないものは違法」(『地方財務実務提要』(ぎょうせい))なものといえるでしょう。

 

つまり、外部の会議メンバーとしてNHK所属の戸田記者が参加している同会議は、地方自治法上の「附属機関」とはみなせず、違法かつ無効です。この会議の活動を、戸田記者が参加する「NHKニュース7」が特に取り上げて報道したという事実は、特定の政治的活動、しかも違法かつ無効な活動にNHKが関与した疑いを生じるもので、NHKのコンプライアンス意識の低さが指摘されても致し方ないものです。

 

もしも政治家が、この度の報道から何らかの問題を見出し追及するべきであるとすれば、それは上記で示したような違法かつ無効な会議の設置を、習慣的に許容し援助しているおそれのある自治体の問題でありましょう。片山さつき議員にはぜひこの点の追及をお願いしたいと思います。

 

4.公平・公正な報道を

我が国で「相対的貧困」の状態にある子供の数は6人に一人ということは客観的な事実です。この問題は、国民の大多数が貧困であった敗戦直後の日本や、発展途上国における「絶対的貧困」の問題とは異なる「先進国の貧困問題」と言えます。この認識を前提として、子供たちの将来の希望が経済的理由から絶たれてしまうようなことができるだけ起こらないように、公平なチャンスのある社会にしていくための議論は相当の意義を持つものと考えます。だからこそ、これを伝える報道も恣意性を排した、公平かつ公正なものであることが大切ではないでしょうか。
今回のNHKによる報道は、曖昧な説明の上で扇情的な内容に終始したため、意図しなかった予断や誤解を招きました。こうしたことがないよう、有意義な議論を喚起する報道とするためには、まず「相対的貧困」という定義をはっきりと示し、それに対して現状でどのような補助があり、それで足りないものは何であるかなど、明確な形で問題点を明らかにするべきでしょう。そのためには、伝えるべき事実が余すところなく伝わるために、必要な時間を十分に確保して報道するなど、慎重に取り扱う必要があるものと考えます。

 

またそれ以前に、上記3で示した通り、特定の政治活動にNHKが加担して、しかも違法で無効な団体の活動を紹介した疑いが持たれるようなことでは、そもそもの議論の土俵が崩れてしまう恐れがあります。NHKにおかれては自社のコンプライアンスを見直し、くれぐれも公平かつ公正な報道が行われるよう、当会としては要望したいと思います。

 

以上