国境なき記者団による報道の自由度ランキング及び国連特別報告者デビッド・ケイ氏に関する声明

今年4月20日、フランスのNGO「国境なき記者団」が発表した「報道の自由度ランキング」が、多くのメディアで取り上げられた。それによれば、日本の順位は2010年には11位だったが、近年急速に下落し、昨年は61位、今年は調査対象180国中72位で「報道の自由度が急速に悪化している」とのことであるが、当会はこのランキングの信憑性は極めて疑わしいと考える。

例えば、日本より1ランク上の71位とされたタンザニアについては、当の国境なき記者団のホームページに以下のように記載されている。「ジャーナリストに対する暴力の歴史を持ち、2012年以来2人のジャーナリストが殺害され、数十人が暴力や脅しを受けている。2015年には、政府が承認していない”公的な“データや、政府が”欺瞞的、誤解を招く、不正確”と判断した情報の公表を違法とする法律を可決した。」「今年初頭、週刊誌の刊行が禁止され、編集者が拘束された」。

日本より上位に位置付けられている71カ国の詳細をここでは一々報告しないが、その中には、上記タンザニア以外にも、アフリカ、アジアなどで、言論の自由が、政権によって直接的に抑圧されている国が多数含まれている。

一方、同ホームページでは、日本については「特定秘密保護法」を報道の自由への重大な脅威とみなしているが、施行以来、言論抑圧として機能したとの報告が一例もない同法を主たる根拠にして、日本の言論の自由度を、軍事独裁国家の多くよりも下位に置く判断は余りにも非常識で不公正ではないか。

日本に対する調査は、一部報道によれば*同団体が選んだ20名の回答者が87項目の設問に答えた結果を基にしたという。が、当会が「国境なき記者団」に送った質問への回答によると、20名と限定したつもりはなく、正確な人数、氏名、および、それらの回答者の選考基準も公開することはできないという。「自由度」を計測し、告発する団体自体が、自らの調査に関して余りにも恣意的で秘密主義である事に驚かざるを得ない。「言論弾圧」「政府と報道の緊張関係」「法とその適用」「報道機関による国民の知る権利の侵害」などのデリケートな案件について、各種の統計や事実に基づく指標ではなく、回答者の選択や、彼らの主観によっていかようにも順位が変わる「調査」ということでは、そもそもこのランキングは、主催者たちの単なる遊戯に過ぎない事にならないであろうか。(*SAPIO2016年7月号)

また、このような指標を、検証もせず、客観的な国際基準であるかのように報道、言及する日本の報道機関、ジャーナリストやメディア論の専門家諸氏には、この数値を使用する根拠の説明を要求したい。もし、説得力ある根拠がないならば、今後、このような客観性なきレポートを基準に、日本の報道の現状を一方的に論評することは控えるべきではないか。強く反省を求めたい。

又、このランキング発表の前日の4月19日には、国連特別報告者・デビッド・ケイ氏が、国連人権委員会(Zeid Ra’ad Al Husseinコミッショナー)への「意見及び表現の自由に対する権利」に関する調査報告の中間報告として「日本の報道の自由は政府の圧力や抑圧によりのっぴきならない危機に瀕している」と発表した。

英文の当該箇所は
“I learnt of deep and genuine concern that trends are moving sharply and alarmingly in the wrong direction”
となっている。「間違った方向に急速に突進しているという深く本質的な問題を見出した」という激しい表現に驚かざるを得ない。そもそも現在の日本が、国連からこのような調査が掛けられる充分な根拠があるのか。ケイ氏の発表日が自由度ランキングの発表日と重なる点も、両者が連動している事を推測させるが、事実、国境なき記者団はケイ氏の来日に先立って、「日本の報道の自由が安倍政権によって危機に晒されている現実をケイ氏に告発した」という旨の記事を発表している。それならば、これはまるで国連の看板を利用した日本への政治的策謀ではないか。事実、その疑念を裏付けるかのように、同氏の中間報告は国境なき記者団の主張通りであり、内容の上でも余りにも不適切で、報告の客観性を全く担保できていない。

ケイ氏は、「放送メディアが政府に脅迫されていると感じている」と言うが、その根拠の一つとして「 政府に辛辣なアナウンサーやコメンテーターが降板 」したことを挙げている。確かに昨年、看板キャスターと呼ばれる複数の人々が降板したが、これらは全て、当事者によって圧力が明確に否定されているか、明確な証言が出ていない。例えばTBS 「NEWS23」を降板した岸井成格氏も、テレビ朝日「報道ステーション」から去った古舘伊知郎氏も、圧力を受けて辞めたのではないと語っている。古館氏に至っては、5月31日付朝日新聞朝刊に掲載されたインタビューの中で、圧力を強く否定した上、「画面上、圧力があったかのようなニュアンスを醸し出す間合いを、僕がつくった観はある」と、報道人のモラルの根底に関わる告白を平然としている。ケイ氏は、報道ステーションのコメンテーターだった古賀茂明氏の降板も例に挙げているが、古賀氏は4月16日の日本外国特派員協会でのインタビューで圧力に関して具体的に回答しなかった。「政府の報道への圧力」に関しては現時点までに妥当な証言が存在しない。つまり、ケイ氏の警告は全て根拠なき臆断に過ぎないのである。

ケイ氏はまた、放送法第4条にある「政治的に公平であること」に放送局が違反した場合に、総務大臣の権限で業務停止等の処分が可能であることを問題視しており、このことを高市総務大臣が認めた国会答弁について、「大いに懸念を抱いている」として、「放送法第4条を廃止すべきだ」と述べた。

高市総務大臣の答弁は、現行の放送法から導き出される法理上の可能性を否定しなかっただけであり、民主党政権の解釈を変更するものではなく、そのような処分が実際にはほとんど起こりえないことを強調している。放送法解釈のスタンダードとされる「放送法逐条解説」でも、そうした処分が下されるには「度重なる警告にもかかわらず、真実でない事項を繰り返し放送し自主規制が期待できない等、本法違反が業務停止等に該当するほどのものである必要」があるとしている。つまりケイ氏の警告は高市大臣の発言を正確に反映しておらず事実誤認に基いている。

にもかかわらず、テレビ報道は高市氏の答弁を「電波停止発言」として取り上げ、この発言自体が報道の自由の危機であるかの印象を与える報道を続けたのは周知の事実である。しかし、「総務省に権限が集中している」ことによる弊害は、現実にはケイ氏の憂慮とは全く逆に作用しているのである。政府が放送に干渉すべきでないということは、すでに広く日本国民の常識的観念である。従って、「電波停止発言」報道のように誤解を広める報道であっても、総務省がやめろというわけには行かず、報道機関が事実に反するプロパガンダを幾ら垂れ流しても、現実には、誰も止められない。つまり、現在の日本の報道の真の危機は、政府による圧力よりも、放送ジャーナリズムの独断、臆断、暴走を阻止する手段が誰にもない事にこそ生じていると、我々は主張したい。

その他、ケイ氏は、先に述べた「国境なき記者団」と同様に「特定秘密保護法」に対する潜在的な懸念点を述べながらも、根拠に事実誤認が多い。例えばケイ氏は、同法の危険性の原因の一つとして、特定機密分野のサブカテゴリーが曖昧である事を挙げている。しかし、同法は、防衛について「自衛隊の運用又はこれに関する見積り若しくは計画若しくは研究」など10項目、外交について5項目、特定有害活動(いわゆるスパイ行為)について4項目、テロリズム防止について4項目の合計23項目がカテゴライズされ、定義も十分詳細である。ケイ氏の批判は、機密保護に関する客観的な国際比較に言及したものではなく、日本国内の同法への批判者たちからの客観性のない非難の受売りと推測せざるを得ない。
我々は、寧ろ、日本の報道環境に対するこのような明確な事実調査と公平性に基かない国連からの干渉が、日本の報道の自律を脅かす事を強く懸念する。
国連特別報告には、過去に慰安婦問題におけるクマラスワミ報告のように、一方的で客観的根拠に基づかず、いたずらに政治利用された例が存在する。今回も放置すればそのようになるのは明らかである。

したがって当会は、

第一に、デビット・ケイ氏その人に、報告の妥当性に関して、当会から別途提出する質問書に回答することを求める。同氏が拒絶又は無視した場合には、国連人権委員会に抗議すると共に、広く内外に告知する。

第二に、日本政府に対し、迅速かつ明確な反論を提出することを強く求める。

第三に、日本の報道機関及びジャーナリスト、メディアの専門家におかれては、我々の声明の趣旨をご理解頂き、必要であれば、公開の場で反論されることを要望する。さもなくば、この国連報告に内在する事実誤認、ヒアリング手法などに関する不当な曖昧性、余りにも多くの推論、イデオロギー的偏向等々を隠蔽したまま、国民の国連信仰に乗じた安直な報道や論評は厳に慎まれたい。

日本の報道関係者は機関、個人に関わらず、他者には説明責任を求め、時に社会的に抹殺するところまで追い込むことさえ辞さないにも関わらず、我々視聴者の会が求めてきた、公開質問、公開討論などに対しては一貫して不誠実な対応を続けている。

公開の反論、討論の積み重ねの中にしか言論の自由の担保はない。まず言論機関自身が自らその姿勢を確立すべきである。

最後にその点を日本の報道、メディア関係各位に強く申し入れ、声明とする。