放送法第4条は必要か?アメリカ大統領選挙の「教訓」

放送法第4条は必要か?アメリカ大統領選挙の「教訓」
当会の呼びかけ人の一人でもある米カリフォルニア州弁護士のケント・ギルバート氏が、10月20日放送のBSフジ「プライムニュース」に出演しました。

番組では『“泥仕合”アメリカ大統領選 今後のアメリカと日米関係の行方』と題し、今回の米大統領選挙から見える諸問題について議論されました。

ギルバート氏の他にも手嶋龍一氏(外交ジャーナリスト・作家)と海野素央氏(明治大学政治経済学部教授)がゲスト出演しました。

この討論の中で、大統領選挙に大きな影響を与えた「メディア」の問題について語り合う場面がありましたので、その部分の要旨をご紹介します。

両候補の最後の討論会で、トランプ氏は司会者から「選挙結果を受け入れるか」と質問されたのに対し、「それはその時に考える」と答え、明言を避けました。これについて手嶋氏は「(民主主義の根幹に関わる)大変な発言だ」としながら、トランプ氏側の理由を説明しました。

「『目の前で繰り広げられている選挙キャンペーンで、メデイアは腐敗している。メディアが捏造した材料で選挙を動かしている。だから自分はその選挙結果を認めない』という風にトランプ氏は発言しています」

これに対しギルバート氏は

「それは事実なんですよ。だけどそれによって彼は候補になったわけです。共和党の中の予備選の時に、メディアは彼をすごく応援した。彼が口を開ければ全部ニュースのトップになるんですよ、何を言ったってね。民主党の候補の発言はその次に来る、共和党の他候補の発言は、取り上げるとしてもその後に来る。僕はずっと見ていて、これは危ない(と思った)。これは(メディアはトランプ氏を)落とすよ最後に、視聴率のために。あんまり上げると視聴率が下がるから今度は下げるんですよ。そうするとまた視聴率が取れる。そのぐらいのことはわかっているはずなんですよ彼。彼は大いにそれを利用したんだから、今度は被害者だと叫んでいるのは、すごい偽善者に聞こえる。」

と述べて、トランプ氏がメディアを利用して支持を得てきたことを指摘しました。
これを受けて手嶋氏は、大統領選挙の報道をボクシングのタイトルマッチに例えて、次のように述べました。

「『接戦』でなければ誰も見ようと思わない。テレビメディアとしては『興行』が成立しないと『飯の食い上げ』となるので、トランプ候補の発言を取り上げる。時に批判的に取り上げるとしても、全選挙キャンペーンの過程で70%以上がトランプ候補の発言を取り上げるとなると、どんなに批判的に取り上げてもどんどん支持率が上がる。その結果としてトランプ氏が大統領候補になっていくが、そのメディアに裏切られることになる。テレビ討論の直前は支持率は0.9ポイント差という全くの接戦だったが、今は裏切ったメディアに対してトランプ氏は居直っている。ワシントン・ポストが女性スキャンダルというカードを切ったのは、このままではクリントン氏が抜け出ることができなかったから」

海野氏は、

「トランプ氏の支持者は女性スキャンダルがあっても動じない。トランプ氏は最初に立候補した時から『メディアは腐っている』と言い続けている。そのため彼の支持者は『ファクトチェック』ができなくなっている」と指摘しました。

ここで司会の反町理氏が

「問題なのは、メディアが実は一番権力があって、メディアがどういうネタを出すかによって(結果が動かされることでは)」と問題提起しました。

これに対し手嶋氏は

「嘘でも何でも『取り上げられること』がトランプ氏の源泉になっているということになると、メディアは大変重要な責任を持っている。三大ネットワークの一つNBCの会長は『トランプを取り上げてなぜ悪い?その結果こんなに視聴率が稼げて経営が成り立っている』と本音まで語っている」と指摘。

そこで反町氏は、ギルバート氏に聞きます。

「今回の米メディアのやりたい放題は、表現の自由があるとはいえ、あまりにも行きすぎではないかと連邦政府が(言い出すのでは)・・・今回のトランプ報道がメディア自らの首を絞めることにはアメリカではならないんですか」

これに答えてギルバート氏は次のように述べました。

「ならないです。連邦政府はメディアに全く手を出せないんです。日本でいう『放送法』があるじゃないですか、私も『放送法遵守を求める視聴者の会』を立ち上げているんですけれど、日本にはそれがあるんですけれどアメリカではもうやめたんですね。なんでやめたかっていうと、ニュースソースがあんまりにも沢山あるものだから、別にいいんですよ、いろんな情報が入ってくるから聞いた人が判断すれば。だけど今回面白かったのは、普通だったらトランプ賛成、トランプ反対(に分かれる)、だけど、ほとんど全員、明らかに視聴率のためにトランプを上げたわけですよ。それも、左側のメディアまでが。だから、これはちょっと異常でしたね。」

手嶋氏は、今回のメディアに見られた現象から「アメリカン・デモクラシーの凋落が見られる」と指摘した上で、以下のように述べました。

「アメリカのメディアは日本の放送に比べてずっと自由なんです。どの候補を支持するかということだって自由ですよね。それがアメリカは一面で良いのですけれども、言論の自由とか報道の自由があるということは、それだけやっぱり自律的(であるべき)で、商売のためにそれを使ってはいけないという教訓がここにある」

要旨は以上です。

ここでギルバート氏が述べている「アメリカではもうやめた」法律とは、連邦通信委員会(FCC)の規則に存在していた「フェアネス・ドクトリン」と呼ばれるものですが、これは今の日本の放送法第4条における「編集準則」よりもずっと厳しいものでした。そのため、この規則がある間、米国の報道番組のキャスターはほとんど自分の意見を述べなかったといいます。

しかし、米国では1987年にこの「フェアネス・ドクトリン」を廃止しました。米憲法が保障する「言論の自由」に反すると判断されたためです。背景には、米国では放送の多チャンネル化が進み、「多様な言論」を視聴者が選んで受け取ることができると考えられたことがありました。

しかし、上記のギルバート氏らの議論からもわかるように、今回の米大統領選挙のテレビ報道は「多様性」が確保されているとは言いがたく、ほとんどの報道が視聴率を目的に横並びにトランプ氏を大きく取り上げるという現象が起こりました。そのことがトランプ氏を共和党の大統領候補にまで押し上げ、最終の選挙戦になると今度はスキャンダルによってトランプ氏の当選を阻止しようとしている模様です。

このような現象を抑止する規定が全く存在しない状態で、果たして民主主義は健全に保つことができるのでしょうか?

今年4月、国連人権委員会の「特別報告者」としてデビッド・ケイ氏が来日し、「日本の報道の自由が危機に晒されている」とする中間報告を発表しました。(当会としてはこの報告全体に対して異議がありますが)その中でケイ氏は、日本における放送法第4条の「編集準則」を廃止することを提言しています。

実は当会の中でも、もし今後、日本でも本格的な多チャンネル化や、放送への新規参入に門戸を開く電波オークション制度が実現するならば、この「編集準則」は廃止しても良いのではないかという意見は存在しています。

折しもつい先ごろ(10月18日)、テレビ番組をインターネットで同時に配信する「ネット同時配信」を2019年にも全面解禁するという方針を総務省が明らかにしました。これにより、電波放送とインターネット放送の境目がなくなることで、事実上の「多チャンネル化」に大きく進む可能性があります。
しかしながら、今回の米大統領選をめぐって明らかになったのは、必ずしも多チャンネル化が報道の多様性を約束しないこと、そして放送メディアの政治への影響が、インターネットが大いに普及した現在においても極めて大きくなり得るということです。これを踏まえて考えると、日本で将来、放送法第4条の「編集準則」のような規定をまったく撤廃するということには慎重であるべきではないか、という意見も当会検証チーム内から上がってきています。

例えば、国内では本年7月の東京都知事選挙の報道に対して、「特定候補ばかり紹介し過ぎており、政治的公平性に欠ける」との批判の声がありました。これに対しては「すべての候補を平等に扱うのは視聴者にとって公平とは言えない」という反論もありましたが、何れにしてもこうした議論の支えになっているのが、「政治的に公平であること」を定めた放送法第4条1項2号であることは間違いないでしょう。

そこで、我が国の民主主義の健全性を保持する上で、放送に公平性や真実性の確保を求める何らかの規定は、やはり将来も必要ではないか、との意見が持ち上がっているわけです。
当会では今後とも、異なる立場の方々とも意見を交わしながら考察を深め、放送のあるべき姿を探っていく所存です。