【事務局より】
平素は放送法遵守を求める視聴者の会をご支援いただき、誠にありがとうございます。
当会は平成28年12月29日(木)~平成29年1月4日までお休みをいただきます。

現在、ホームページのリニューアルに伴い、情報等が反映されてないページもございます。
皆様にはご不便をお掛け致しますが、今しばらくお待ち頂ければ幸いです。

1月5日(木)より、新規会員を大募集致します!
会費がクレジットカード決済できるようになったり、
会員限定の記事を順次掲載する予定ですので、
これを機に是非、会員登録をお願い致します。


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それでは、皆様、よい年をお迎えください。

事務局一同

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お陰様で「視聴者の会」は平成28年11月で一周年を迎えることができました。

そこで、これまでの歩みとこれからの展望を動画にまとめました。
視聴者の会はこれからも、公平公正なテレビ報道を求めるとともに、より良い検証活動を続けてまいります。
さらなる発展にご期待下さい。
<会員大募集中!皆様の力で「視聴者の会」を支えて下さい!>

前回に引き続き、当会賛同人の俵孝太郎氏からのご厚意により、放送に関する論文を皆様にもお読みいただけることになりました。 「月刊時評」に掲載されたものを、シリーズでお送り致します。評論家、ニュースキャスターとして長く活躍されている、俵氏の鋭い切り口の論文をぜひお読みいただければと思います。


一戦後人の発想  第四八回

BPO・NHKは解消・改組させよ

 

テレビの傲慢と偏向に対する非難は世論に定着しているが、民放に向けられる視線の厳しさに較べれば、一般視聴者のNHKに対する評価はかなり甘いように感じられる。こうした様相は筆者にいわせれば世間に錯覚があるからで、“御上”がはじめたラジオいらい“放送九〇年”の間に刷り込まれた一種のブランド感覚が生む過大評価にすぎない。実態はNHKが最も傲慢かつ偏向的で、いまは低劣さの度合いも民放並み。多少マシというほどのレベルの差もないと、筆者は見ている。 国民の共有資産である電波を国の免許を得て営利事業に利用する放送メディアは、自由営業・自己責任の新聞・雑誌・出版など活字メディアと違い、一定の法的制約・公的規範に服することが求められる。それが共有資産を私的に利用させてくれる、国民に対する当然の礼儀であり、責務なのだが、その基本に位置するのが放送法、ことに事実に基づく報道と公正公平な言論を義務づけた第四条だ。 一口に放送といっても、広告収入で経営を維持する民放と、法律で国民に負担を強制する税金まがいのカネで運営するNHKでは、条件に大差がある。紛れもなく政府系機関であるNHKには、特定企業・団体の広告行為は断じて許されない。報道・言論、ことに言論に処する姿勢に関して、公正公平の維持・確保がより厳しく求められるのも当然だ。
国家権力が国民から強制徴収する特権を与えたカネで運営する政府系機関の言論は、権力が操る世論工作、ないし官許の言論と見られて当然だし、それが世界の常識でもある。ナチス統治下のドイツや戦前・戦中の日本、いまなら中国や北朝鮮などの全体主義国家はいざ知らず、自由国家の戦後日本にこの種の言論は許されない。本来NHKは天気予報・交通情報や、とりわけ災害警報などの公的告知を最大の使命とし、内外のニュースや市況などを客観的に伝えるほかは、教養・教育、質のいい娯楽に徹し言論、少なくとも政治的言論は、民放に許される限度以上に厳しく自己抑制して自主・自律の活字メディアに委ねるのが、当然の良識・節度のはずである。
ところが、この活字と電波、民放とNHKとの間に絶対にあるべき一線、けじめが、全然守られていない。そもそも一線の存在を的確に意識する放送人も“学識経験者”も極めて少ない。NHKの“クローズアップ現代”の“やらせ”に関する総務相の厳重注意に対し、BPO=放送倫理・番組向上機構会長が無知丸出しの逆切れ的“反論”をぶち、天下に醜を曝した事実が、それを証明している。 こうしたけじめのなさ、守られるべき秩序からの逸脱が起きるのは、なぜか。世界の常識は日本の非常識・日本の常識は世界の非常識、とよくいうが、まことにその通り。世界の少なくとも先進国には、どの国にも存在する民族性や風土、歴史や伝統を背景とする生活習慣や感受性の違いとは別の次元で、根源的な世界観・普遍的な価値観が明らかに成立し、共有されている。ところが戦後日本では、そうした通念からの著しい遊離・乖離が、疑う余地なく横行してきた。その背景に「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会」の「諸国民の公正と信義に依拠」していれば国家国民の「安全と平和を保持」できる、とする憲法前文の記述があり、ここから戦後日本に世界共有の認識とは明らかに違う特殊な“常識”が生まれて、是正されるどころか逆に定着した事実がある、と思うほかない。
先進的自由経済国家として世界標準に沿って動く生産・通商活動とは別に、独特の“裏の権力構造”が国内のさまざまな業界や職業分野に存在していて、仲間内でのみ成立する特殊な官僚的秩序と、それに基づく“闇の支配”が機能している姿は、たとえば世界市場で多国籍企業として鎬を削る競争をしていても、国内では大手の“調整”のもと談合で利益を分け合って憚らない、企業風土にも見られる。同様にこと言論・表現の領域では、東京大学法学部憲法学講座を頭目とする憲法学会、的確にいえば“憲法業界”。弁護士会の主流を構成する左翼勢力。朝日新聞。岩波書店。この四つが組む“鉄の陣形”が“裏の官許の言論”の基準をつくり“陰の権力”を行使してきた。全国紙との系列関係があるから朝日新聞を一隅に据えるこの権力構造に必ずしも服するとは限らない民放はともかく、NHKはいつの間にかこの“鉄の陣形”に取り込まれ、世界の自由国家の政府系放送機関が常識として堅持する規範・規律から、大きく逸脱していったのだ。
いつの間にか、というのは言葉のアヤで、NHKの転落、規範からの逸脱の端緒ははっきりしている。敗戦後の占領軍指令でかつての逓信省ー郵政省直轄の国営放送機関から、同様の政府系機関だが“公共放送”の体裁に変異したNHKは、その初期、ほんの一例にすぎないし、時期的にも多少前後するが、阿部真之助(会長・毎日)、野村忠夫(専務理事・朝日)、愛川重義(経営委員長・読売)や、外部出演者では多年にわたって“国会討論会”を司会した唐島基智三(東京)など、練達の新聞記者OBが運営・放送のトップに立っていた。職員労組も、占領軍の祝福のもとに誕生した総評が左傾して“ニワトリがアヒルになった”のを批判して海員組合・全繊同盟・総同盟とともに“四単産脱退”を敢行し、同盟会議を発足させた事実が示す通り、反共・反社会党左派の立場をとっていた。
それが急変したのは、一九六〇年代の上田哲・日放労委員長の出現からだ。京大出の社会部記者・上田は、安保改定騒動直後の一九六〇年秋から翌春にかけて大流行したポリオを制圧するために、アメリカ製でサルの生体組織を使って培養する極めて高価なソーク・ワクチンに代えて、ポリオ・ウイルスを不活化したソビエト製の安価な生ワクチンを緊急輸入して全幼児・児童に飲ませるべきだ、というキャンペーンを張って成功した“実績”を背景に、NHK労組=日放労委員長になった。それだけでなく、社会党の衆院議員になり、左派主導の執行部に教宣局長などとして加わった。東京都知事選に出馬して落選したあとは参院に転じ、当初は自ら、議員になってからはダミーを委員長に据えて、“上田天皇”と陰口を叩かれながら組織を操り、労働条件だけでなく放送業務にも介入した。
筆者は生ワクチン導入の時期、安保改定騒動後に成立した池田勇人内閣の総理官邸詰・池田番を経て厚生省担当になっていたから、その経緯は熟知している。当時の厚生省は、六一年四月からの国民皆保険・皆年金制度発足に対応する政治部と、生活保護・傷病兵や戦死者遺族の援護・伝染病対策や保護行政などを受け持つ社会部のダブル配置で、NHKの社会部には川上という常駐記者がいた。そこに遊軍から突然割り込んできて、反米・親ソの政治性・傾向性の強い“報道番組”制作の中心に座ったのが上田だ。
生ワクチン導入は、六〇年秋の総選挙後に第二次池田勇人内閣の厚相になった、警察畑の内務官僚出身の古井喜実厚相が、治験が全然行われておらず安全性の保障がない、という反対論を押し切り、“万が一にも生ワクチンを使ってポリオ感染が拡大したら腹を切って国民に詫びる”という、見方によっては大時代的かつ非科学的な声明を出して実現したのであって、上田の手柄でもなければ、NHKの“特番”の成果でもなかった。ただこのとき作り出された“神話”が“上田天皇”を生み出したのは事実だ。
“上田天皇”の影響は、後述するようにNHKに止まらず日本のテレビ全体に及んだのだが、その背景に内外のいわば“時代の風”ともいうべき要因があった点も見逃せまい。 “外”についていえば、アメリカ中心に世界に吹き荒れたベトナム反戦の嵐があり、毛沢東・中国の“造反有理”の文化革命があった。それらに触発された“若者の反乱”が欧米で大流行し、“内”に飛び火して慶応・早稲田・日大・東大と続く大学紛争になった。 池田内閣で始まった高度経済成長政策が一定の成果をあげ、東京オリンピックや大阪万博を経て“一億総中流意識”が高まり、建前としての“豊かさ”や“高学歴化”が出現する反面、そうした掛け声にくらべ実質が伴っていないという感情を反映した不平不満が、大衆規模で溜まっていく。沖縄返還からロッキード事件に至る政治の激動の中で、不満を抱く民意が“社公民”の野党勢力の伸びを支え、ミノベという後世の民主党政権の首相連中と同列の愚の骨頂が“ストップ・ザ・サトウ”という珍妙なスローガンを叫んでテレビ人気を博し、都知事選挙に圧勝したのに加えて、ナガス、クロダなど“学者”出身の“革新知事”が出現して“センセイ政治”のスクラムを組んだ。“センセイ政治”という表現には、眼高手低を地でいく学者センセイの行政能力の低さへの批判、左翼独善の体質に対する皮肉が、当然ながら籠められている。
テレビの世界では、一家に一台の“三種の神器”が、高度成長に伴い一人一台の“個別視聴”になる。それに合わせてCMづくりから個々の番組構成はもちろん、一日・一週間の番組の流れを決める編成まで、広告の訴求対象としての視聴者のセグメンテーション=細分化が進む。技術面ではムービー・カメラと三五ミリ・フィルム、現像とハサミや接着剤を使う手作業による編集が必要だった映像処理が、エレクトリック・ニュース・ギャザリング=ENGと呼ぶビデオ・カメラ、ビデオ・カセットと、スイッチ操作で画像を繋ぐ自動編集の時代に移り、劇的に変化した。
変化に最も早く対応したのがニュースで、新聞目線の記事本位だったのが一挙に映像本位に転じる。新聞記者出身でない、生粋のラジオ・アナ育ちのTBSの久米宏キャスターが登場し、ニュースの伝え手と作り手が完全に分離されて、内容がより平易化・大衆化するとともに、映像・原稿表現の双方で刺激性が強まる。ニュースを扱う経験がない放送作家が興味本位で書く台本を、“演技”として芸能人が読むニュース・ショーが生まれる。 マスコミの王座が新聞からテレビに動く姿を象徴するように、明治いらい党人派政治家の供給源だった新聞の政治記者出身に代わって、クイズ解答者・俳優・講釈師・漫才師・スポーツ・アナなど政治・政策と無縁のテレビ人が、参院全国区を手はじめに、与野党の別なく国会議員候補にスカウトされる。ただし上田はテレビ界からの政界入りではなく労組ボスが社会党から出る伝統型だった。
“上田天皇”支配下の日放労は、当初ENG導入を、本音はムービー・カメラマンの雇用維持の観点から、建前はファインダーの輝度が高く撮影時に目を痛めるという口実で、強硬に反対していた。このため日航機が機長の異常操縦で羽田の滑走路手前に墜落した事件で、ENG画像をすぐオン・エアした民放にくらべNHKが撮影フィルムの現像に手間どり大幅に遅れて、問題化したこともある。 とはいえENGに象徴されるエレクトロニクス技術の発展は、NHKを含めてニュースに限らずテレビのあり方を大きく変える。創業当初は逓信省直轄の官業時代のNHKを手本に標準語を使い、キー局各社がそれぞれ自前のオーケストラを持つなど、権威主義・教養主義の姿勢を残していた民放は、関西弁と上方漫才式猥雑さがウリのバラエティを中心に据え、大衆向け製品を消費性向の高い若者層をターゲットに売り込むCMにぴったりの“軽チャー路線”で、視聴率競争を始める。 “上田支配”のNHKは、方言を多用したり、取材がラクで経費がかからない地元行事を重視したりして、ローカル色を強め、視聴料収入増大に直結する視聴率向上を図る一方で、いまは“NHK特集”の通しタイトルの報道ドキュメンタリー枠の前身が、必ずしもニュース性にこだわらない“教養特集”だったことが示すような、昔ながらの権威主義的スタイルを、かなり遅くまで維持した。
民放顔負けのいまのNHKのズルズルの大衆追随路線からは考えられないこうした“古さ”は、“御上”のラジオいらいの信用、ブランド価値をアピールする一方で、“朝日・岩波文化”の担い手を多く出演させることにつながり、放送に“上田天皇”が属する社会党左派イデオロギーを滲ませる効果も生む。早い話がミノベもナガスもNHKのお茶の間向け“経済番組”の常連タレントから、“革新知事”に“出世”していったのだ。
この時期に放送法第四条の精神を民放を含むテレビ業界に徹底させ、NHKには別途、経営委員に“政治任命”される“学者”・財界人や地方視聴者代表と称する各種の団体役員などのズブのシロウトから、日常業務に当たる局員の末端まで、税金まがいのカネで放送するとはどういうことか、正しく認識させることができれば、NHKの姿勢も改善されたし、民放を含むテレビ全体の体質も是正できたかもしれない。しかしそれは先に触れた内外の条件のもとでは、極めて困難だった。 もちろん社会党をはじめとする野党の存在も“学者・文化人”が醸し出す“左側通行”のマスコミ世論の反映もある。しかし、引退財界人をNHK会長に据える自民党政権の人事感覚から、テレビのローカル・ニュースに写れば選挙に有利と考えるヒラ議員の打算まで、テレビを取り巻く問題意識は、無関心の中に埋没・放置されていたともいえよう。
それに、“上田支配”といってもそこは社会党だから、共産党のように“鉄の規律”で下部を締めつけるようなマネはしない。先日亡くなったテレビ朝日の元報道局長が“自民党に不利に働く選挙番組をつくれ”と部下に命じたのがバレて国会証人喚問に発展したような、幼稚なヘマもしない。もっぱら、職制やまして(放送)協会上層部のいうことなんか聞くな、自由な発想で番組をつくろう、と若い組合員をけしかけ、それまでマスコミの主流を形成していた新聞や、映像世界の頂点にいた映画などに存在していた、経験主義的な秩序感覚や慣行を否定して、“テレビ民族主義”の誕生を触発するスタイルをとった。 職制・現場管理職の指示を無視して職場で不断の日常闘争をしろ、というのは一九五〇年代に九州の炭鉱労組を指導した“向坂(逸郎)学校”にはじまり、六〇・七〇年代に多くの労組で流行した、ありふれた手法だ。この手は“造反有理”の“時代の風”とマッチして猛威を振るい、とくに国鉄労組の国民の足を奪う違法ストの乱発は世論の強い怒りを買って、郵政や電電などとともに、公共企業体という経営形態の廃止、分割民営化すなわち労組の分割解体にまでつながっていく。
しかし広義の公益事業とはいえ、テレビは長期的に“一億総白痴化(大宅壮一)”という害悪の発生源にはなっても、鉄道ストのように直接的被害を国民に及ぼすことはない。よくいえば現場主義、有り体にいえば職場管理を排除した末端組合員の暴走奨励、職制なんか無視して好きなようにやれ、という“方針”は、新しい事業分野のテレビで働く若者にはウケがいい。こうして“無支配の支配”ともいうべき“上田支配”は、NHK・民放の“官”“民”の垣根を越えて広がった。
民放が開発したバラエティ本位の“軽チャー路線”は、悪貨は良貨を駆逐する、の習い通り聴視者大衆に支持されて高い視聴率をとり、民放のスポンサーにも、NHKのズブのシロウトである経営委員にも歓迎されて、テレビ全体に広がる。そのあげく、テレビの報道機能は床屋政談、娯楽機能を場末の演芸場レベルに落ちぶれて今日に至った。こう見るのが最も当たっているかもしれない。
筆者の持論だが、新聞は事前チェックが厳しい性悪説の世界だが、テレビは性善説、というより危機管理意識ゼロで、チェック機能がハナから存在しない放任の世界だ。新聞は真夜中に出稿されたベタ記事でも、最低限デスク・整理者・校閲者・当直の編集局次長がチェックする。紙面という物証が残るから専任の記事審査委員が他紙と見較べて評価し、日報が部長会・編集局長席に届く。誤報や扱いの判断ミスがあれば個人責任も問われる。 テレビもドラマやドキュメンタリーには時に幹部が立ち会う試写があるそうだが、寸秒を争うニュースは担当者任せの出しっ放し。問題になってもオン・エア後で、文字通り後の祭りだ。いまは同時録画を一定期間残すことになっているが、局内にそれを毎日克明に点検する部署があるとは聞かない。かつてはオン・エアすればそれっきり雲散霧消。証拠が残らないから責任の問いようもなかった。 いったん電波に乗せたら取り返しのつかない、取り消し・訂正が至難なテレビは、本来は新聞以上に現場管理職の厳しい事前チェックが不可欠なはずだ。それが“上田天皇”支配下のNHKで発生した“テレビ民族主義”で骨抜きになり、テレビ業界に蔓延した。
新聞でもテレビでも、ニュースというものは、練達な現場管理職が目を光らせていなければ、的確なニュース価値の判断ができず、したがって妥当な扱いができず、適切な表現ができず、の“三ず状況”に陥ってしまう。その状況がいまや極限に至っているのだが、その具体例は次回に列挙するとして、今回はとりあえず天皇・皇后両陛下の一月末のフィリピンご訪問ご出発の際の、羽田空港での天皇陛下のお言葉、ことにその末尾、
「内閣総理大臣始め、この訪問に心を寄せられた多くの人々に深く感謝いたします」
のくだりの、NHKの扱いを指摘したい。 この部分は、今回のご訪問が八二歳・八一歳とご高齢の両陛下の長途のご旅行を危ぶむ内閣の意向を十分ご承知のうえで、両陛下の強いご意思で行われたものであることを、明確に示している。なんとしてもいく、命懸けでいく、という意思を憲法の規定で国事行為を承認する立場の安倍内閣がよくぞ汲んでくれた、という両陛下のご感慨が現れている。 だからこそあらゆる新聞は、当日夕刊でお言葉の全文を囲み記事で別掲した。あの朝日でさえ、当日夕刊と翌日の朝刊の二度、全文を別掲したのは、重要性を認識したからだ。 ところがNHKは、ご出発当日の正午、夜七時、同九時のニュースのいずれも、お言葉の一部の録画は出したが、最重要な末尾は無視した。それだけでなく、両陛下のご切望を内閣がやむなく承認した慰霊のためのご訪問を、再三“友好親善の訪問”という前置きで伝えた。フィリピン側が設けた公式行事の合間を縫ってフィリピン人の戦没者墓地に供花された、とぬけぬけといってのけたものだ。 さすがに新聞各紙の扱いを見て多少反省したのか、三日目の日本政府の建てた慰霊碑ご参拝の際には、ニュースで一定の時間をとったが、それでも友好親善第一、慰霊二の次という視点を最後まで変えなかった。
これは明白なニュース価値の判断ミスであり、扱いの致命的失敗である。この場合に限らず、NHKを筆頭にテレビ・ニュースの敬語の使い方は論外のひどさだが、それらを通じ、原稿を書いたもの、チェックしたもの、読んだもの、それぞれのニュースのそれぞれの担当者の、だれか一人でも、これは違う、両陛下のお考えとズレている、と気づいて声をあげれば、是正できたはずのことだ。
それを、だれ一人気づかず、だれ一人正そうとしなかった。だからこそ、誤報の上をいく大失態、とんでもない大間違いを繰り返し続けたのだ。これは単なる一例、ではない。重箱の隅から見つけたごく稀な失態、でもない。一事が万事、この始末、杜撰さなのだ。 これが、視聴者国民から取る税金まがいのカネで運営するNHKの正体なのだ。そんな“国民の皆様のための公共放送”など、断じてありえない。絶対にあってはならない。


いかがでしたでしょうか。次回で最終回になりますので、更新をお楽しみに!

 

お知らせが大変遅くなり恐縮です。

3月14日付け北海道新聞「月曜討論」のコーナーに、当会の事務局長・小川榮太郎と、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」共同代表の醐醍聡氏の両論が掲載されました。

小川理事長の主張は当会が繰り返し述べている通りです。

既に在る法律を守ってほしいという事、実際の報道番組における賛否の放送時間の割合が、全キー局合計で賛成11%(1426秒)、反対89%(1万1452秒)という数字から明らかな通り、現状では多角的な論点や多様性が認められないこと、更に当会としては行政による言論機関への指導には反対の立場であり、報道メディアによる自主的な取り組みへの期待と国民への問題提議をしたい旨を伝えました。

今後も機会のあるごとに、当会の基本姿勢や論点を紹介して行けるよう取り組んで参りますので、どうぞ宜しくお願い致します。